新潟県の着物買取のおすすめ業者は?1円でも高く着物を売る

「新潟県の着物買取業者を探している」という方向けに、このページでは新潟県でおすすめの着物買取業者を紹介しています。

新潟県の着物買取のおすすめ業者は?

新潟県の着物買取のおすすめ業者は『スピード買取.jp』です。TVCMも流れているのでご存知の方も多いかと思いますが、スピード買取.jpは全国規模の買取業者で、その買取実績は業界トップクラスです。

その道のプロが着物を査定してくれるので、着物を売るときにまず思う「着物のことを知らない査定員によって一律で安く買いたたかれそう…」という心配しなくていいんですよね。1つ1つの着物をしっかりとみてくれます。

さらに、他店より買取金額が安ければ全品返却してくれます。それだけ買取価格に自信があるということですし、近所にある新潟県のリサイクルショップや着物買取店で売るほうが高かったらキャンセルもできるというわけです。気軽に着物の買取金額を比較することができるんですよね。

当然ながら査定・キャンセルは無料です。それだけでなく、出張買取なら出張費も無料、宅配買取なら送料も無料といったように、もし査定だけしてもらって着物を売らなくても一切費用はかかりません。

つまり、スピード買取.jpは、おすすめというより、新潟県の着物買取業者を探していて1円でも高く着物を売りたい!って方にとって利用必須ともいえる着物買取業者ということです。無料査定を有効活用しましょう。
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新潟県の着物買取のおすすめスピード買取.jpの買取エリア

以下がスピード買取.jpの新潟県の買取エリアです。

▼市

新潟市北区、新潟市東区、新潟市中央区、新潟市江南区、新潟市秋葉区、新潟市南区、新潟市西区、新潟市西蒲区、長岡市、三条市、柏崎市、新発田市、小千谷市、加茂市、十日町市、見附市、村上市、燕市、糸魚川市、妙高市、五泉市、上越市、阿賀野市、佐渡市、魚沼市、南魚沼市、胎内市

▼町・村

北蒲原郡聖籠町、西蒲原郡弥彦村、南蒲原郡田上町、東蒲原郡阿賀町、三島郡出雲崎町、北魚沼郡川口町、南魚沼郡湯沢町、中魚沼郡津南町、刈羽郡刈羽村、岩船郡関川村、岩船郡粟島浦村
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【着物豆知識】新潟県が産地の着物

ちなみに、着物買取とは直接関係ないんですが新潟県が産地の着物もあります。興味がなかったらなかなか知る機会がないため、あまり知られずにひっそりと生産が途絶える着物も多いので、紹介させていただきますね。

新潟県が産地の着物は以下です。

十日町絣(とおかまちがすり)

新潟県十日町市を中心に生産されている先染の絹織物です。「十日町紬」とも呼ばれています。繊細で緻密な柄が特徴で、気軽な外出着として人気です。

19世紀中頃、現在は小千谷縮と呼ばれている「越後縮」の絣技術が絹織物に応用されるようになり、十日町絣が織られるようになったといわれています。その後、明治時代に入ると様々な技法が開発され、絣技術は急速に発展していきました。

現在、後継者不足などの問題がありますが、新製品の開発などが積極的に行われています。また、十日町市は日本有数の織物産地となっており、十日町きものまつりなど、着物に関する様々なイベントが開催されています。

十日町明石縮(とおかまちあかしちぢみ)

新潟県十日町市で生産されている夏用の絹縮です。セミの羽に例えられるほど薄地で張りのある布地で、清涼感のある肌触りが特徴です。

文政年間(1818年~1829年)に、宮本茂十郎によって確立された「絹縮」や「十日町透綾」と呼ばれていた技法が起源だといわれています。そして、19世紀末頃、京都の西陣より伝わった明石縮の技術を絹縮や十日町透綾と呼ばれていた技法に応用し、十日町明石縮が織られるようになったそうです。

現在、生産数は少なく、貴重品になりつつあります。

十日町友禅(とおかまちゆうぜん)

新潟県の十日町地方で染められている友禅染のことです。

昭和30年代に京都の友禅染の技術を導入したのが始まりです。

小千谷縮(おぢやちぢみ)

新潟県小千谷地方周辺で生産されている麻縮です。色柄が豊富で地風が爽やかなことと、シボとよばれる布面の波状の凸凹が特徴です。

江戸初期に、現在の兵庫県明石市周辺のあたる明石藩の藩士だった堀次郎将俊が、浪人として小千谷地方に身を寄せたときに、明石縮の技法を越後上布に応用し、改良を加えて完成させたといわれています。当時は「越後縮」と呼ばれており、夏の織物として日本中に広がっていきました。

現在、小千谷縮の職人は年々少なくなってきています。なお、堀次郎将俊の功績を称え、小千谷市には明石堂が建てられています。

小千谷紬(おぢやつむぎ)

新潟県小千谷地方周辺で生産されている紬の総称です。

江戸中頃に、小千谷縮の技法を絹の糸に応用したのが起源だといわれています。当時は自家用に織られていたそうで、本格的に生産されておらず、小千谷縮の存在に隠れていましたが、昭和初期になると生産は本格化し、現在の製法の基礎が完成されたといわれています。

現在、着物のほか、インテリア用品なども生産されています。

越後上布(えちごじょうふ)

新潟県南魚沼市に古くから伝わる平織の麻織物で、麻織物の最上級品として有名です。柄は絣や縞が主で、ごく薄手でシャリ感のある地風が特徴です。

技法のひとつに「雪晒し」という越後上布独特のものがあり、色目が落ち着き、白はより白くなる効果があります。越後上布の古来からの技法は、国の重要無形文化財に指定されています。

現在の新潟県にあたる越後国の麻織物の歴史は古く、縄文時代から麻織物が織られていたといわれています。平安時代の三代格式の一つである延喜式の中に、朝廷に越後の布を納めていたことが分かる記録が残っています。

奈良の正倉院には「越布」として今も保存されており、また、鎌倉時代に成立した日本の歴史書である吾妻鏡にも、朝廷に納めていた記録が残っています。

木綿が普及する前の鎌倉時代から室町時代にかけては、庶民の衣服は麻織物でした。室町時代には、上杉氏の産業奨励策により、越後上布の生産は一段と盛んになったといわれています。

江戸時代に木綿が大衆化すると、全国的な麻織物の需要は減退しましたが、越後上布の評判はとてもよく、天明年間(1781年~1788年)には、年間20万反以上生産されていたそうです。

現在、原料の苧麻の生産量は極めて少なく、麻着尺地の生産もわずかで、後継者不足の問題も深刻です。

塩沢紬(しおざわつむぎ)

新潟県南魚沼市周辺で生産されている絹織物で、細かい絣模様が特徴的です。

麻織物である越後上布の技術を絹織物に取り入れ、明和年間(1764年~1771年)頃から織られるようになったそうです。

名前が似ていますが、下で紹介している「本塩沢」とは別のものです。

現在、新製品の開発や人材の育成などの活動が積極的に行われています。また、塩沢つむぎ記念館も建設されています。

本塩沢(ほんしおざわ)

新潟県南魚沼市周辺で生産されている御召で、「塩沢御召」とも呼ばれています。針の先で描いたような細かく鋭い模様と細かなシボが特徴です。

江戸中頃から織られるようになった「絹縮」が起源といわれています。

科布(しなふ / しなぬの)

しなの木の繊維で織られており、日本の古代織物のひとつです。日本では、木綿や麻が普及する以前から、山野に自生する植物を原料とし、布が織られていました。古代織物は、科布のほかに葛布や藤布などがあります。

科布は、縄文時代頃には織られていたといわれています。平安時代の三代格式の一つである延喜式の中には、朝廷に科布を納めていたことが分かる記録が残っているそうです。

北越の各地に、しな織りが見られたといわれていますが、明治時代になると、紡績技術の発展による綿製品の普及の影響で、多くの産地が衰退し生産が途絶えました。

現在、新潟県と山形県の羽越国境で織り継がれており、後継者育成や原材料の植林などが行われています。

五泉平(ごせんひら)

新潟県五泉市で生産されている精好織りの絹地です。主に袴地に利用されています。

江戸時代には「葛織」という袴地が織られていたそうで、五泉平の起源については諸説あり、葛織に改良を加えたことにより天明年間(1781年~1788年)に完成したという説や、精好仙台平の技術が導入されたことにより完成したという説などがあります。

現在、五泉平の生産量はわずかとなっていますが、五泉は京都の丹後、滋賀の長浜と並ぶ白生地の三大産地の一つに数えられています。

加茂木綿(かももめん)

新潟県加茂市で生産されている木綿です。江戸時代から織られ始めたそうで、大正末頃が最盛期でした。

現在、化合繊維織物および絹織物が主軸となり、加茂縞などの木綿織物はわずかになっています。

片貝木綿(かたかいもめん)

新潟県小千谷市片貝町で生産されている木綿です。さらりとした着心地で、着れば着るほど柔らかくなり、肌に馴染んでくるのが特徴的です。

片貝木綿は、柳宗悦が提唱した民芸運動の一環として、昭和20年代に誕生したそうです。民芸運動とは、日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に「用の美」を見出し、活用しようという運動です。

新潟県小千谷市片貝町にある宝暦元年(1751年)創業の紺仁染織工房で生産されています。

栃尾紬(とちおつむぎ)

新潟県長岡市の栃尾地区で生産されている絹織物です。一見すると綿織物のようですが、絹特有の光沢があり、しぶく目立たないのが特徴的です。

新潟県長岡市の栃尾地区の織物の歴史は古く、垂仁天皇(紀元前29年~70年)の皇子が国造となった時代頃から織られ始めたといわれています。

江戸時代には、農家の副業として栃尾地区全域にわたって生産されており、品質の評判もよく、全国的に流通していたそうです。栃尾紬の発展に大きな影響を与えた江戸時代の殖産家である植村角左衛門貴渡(1739年~1822年)が、貴渡神社に栃尾織物の祖として祀られています。

その後、次第に衰退していき、現在、栃尾紬の織元は1社になっています。

山辺里織(さべりおり)

新潟県村上市山辺里で生産されていた織物です。さわやかで、しゃっきりとした風合いが特徴です。

文化年間(1804年~1817年)頃から織られていたそうで、現在の新潟県村上市に藩庁を置いた村上藩により奨励され、発展していったといわれています。 当時は「村上平」や「村上縞」と呼ばれていました。

1876年に、山辺里織と名付けられ、日本だけでなく海外にまで輸出されるほど盛んに生産されていました。

しかし次第に衰退していき、現在、商品として生産されていません。

まとめ

以上、新潟県でおすすめの着物買取業者と、豆知識として新潟県が産地の着物の紹介でした。

着物を売ろうかな…と検討中の方は、ぜひスピード買取.jpの無料査定を活用してみてくださいね。スピード買取.jpは、他店より買取金額が安ければ全品返却してくれる、という利用者にとって大きなメリットがある着物買取業者です。
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