東京23区や八王子市など【東京都の着物買取情報】おすすめ買取店は?

東京都の着物買取情報ページです。

このページで記載している東京の着物買取情報は以下になります。

東京都にお住まいの方で着物を売りたい、もしくは東京が産地の着物を売りたいとお考えの方の参考になればと思います。

東京のおすすめ着物買取店

東京都で着物を売るなら最もおすすめの着物買取店は『バイセル』です。

・利用者数No.1の人気業者
・最短即日対応と対応の早さが業界随一
・高価買取が最も期待できる
・査定無料(他社との比較も大歓迎)
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上記のことから、東京都で着物を売るなら逆に利用しないと損とも言える着物買取店になります。
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なお、利用する前に、おすすめ着物買取店の口コミでの評判やサービス内容を徹底的に知っておきたい!って方は、以下の記事をご一読くださいね。

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東京の買取対応エリア

[区]
千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、台東区、墨田区、江東区、品川区、目黒区、大田区、世田谷区、渋谷区、中野区、杉並区、豊島区、北区、荒川区、板橋区、練馬区、足立区、葛飾区、江戸川区

[市]
八王子市、立川市、武蔵野市、三鷹市、青梅市、府中市、昭島市、調布市、町田市、小金井市、小平市、日野市、東村山市、国分寺市、国立市、福生市、狛江市、東大和市、清瀬市、東久留米市、武蔵村山市、多摩市、稲城市、羽村市、あきる野市、西東京市

[西多摩郡]
瑞穂町、日の出町、檜原村、奥多摩町

[島しょ部]
大島町、利島村、新島村、神津島村、三宅村、御蔵島村、八丈町、青ヶ島村、小笠原村

東京の着物買取

東京友禅(とうきょうゆうぜん)

東京で染められている友禅染。京友禅加賀友禅とともに日本三大友禅の一つとされており、「江戸友禅」とも呼ばれています。

多色多彩で華やかな京友禅に対して、渋く抑えた色調が特徴的です。

起源については諸説あり、上方から江戸に文化の中心が移っていった文化文政時代(1804年~1829年)に、江戸に居た職人らが、移り住んできた大名のお抱え絵師らに技術を学び、成熟させたのが始まりだという説や、桂昌院によばれた京都の友禅職人が考案したという説などあります。

江戸は武家中心の文化だったことにより、柄や色合いが渋く落ち着いた雰囲気のものが根付いたそうです。近年では現代的なモダンなものも作られています。

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東京染小紋(とうきょうそめこもん)

東京で染められている型染の小紋。小さな柄を一色で細かく染めた江戸小紋が有名です。

江戸初期頃に、武士の裃に細かな模様が染められるようになってから、技術が発達したと言われています。(江戸には諸大名の江戸屋敷が置かれたため、武士階級の人の増加に伴い、需要も多くなったことに起因します。)

ちなみに、紀州家は「鮫小紋」、武田家は「武田菱」といったように、大名家によって独自の文様があったので、小紋の文様を見れば、どこの大名家の家臣かわかったそう。

江戸中期頃になると、町人文化の発展とともに、男女を問わず庶民の間でも親しまれるように。しかし一方、江戸時代には贅沢を取り締まる奢侈禁止令がたびたび発令され、生活の細かいところまで規制されていました。

厳しい規制の中で、遠くから見たら無地に見えるように文様を細かくしたり、また、密かにお洒落を楽しむ人たちも増えたことで、新しい柄が次々と生み出されていったと言われています。

明治時代になると、武士の身分は廃止され、さらに洋装化の影響もあり、男性で小紋の着物を着る人が少なくなって、女性の着物として広まっていきました。

現在、後継者不足の問題などがありますが、東京染小紋は多くの人々に親しまれています。

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黄八丈(きはちじょう)

東京都八丈島で古くから織られてきた手織りの絹織物。光沢のあるしなやかな地と鮮やかな黄色が特徴的で、模様の多くは縞か格子です。

基本の色は、黄・茶・黒の三色あって、地色を黄色にすると「黄八丈」、茶色なら「鳶八丈」、黒だと「黒八丈」と呼びます。基本は三色ですが、媒染や糸の組み合わせ、織り方で多様な色を表現することも可能。

八丈島には、都からの流人によって絹織物の技術が伝えられたと言われていますが、その時期については、いつから絹織物が織り始められたかは明らかではありません。最初に文献に出てくるのは室町時代で、貢納品として絹織物が納められていたことはわかっています。

1515年に、北条氏が全島を支配したことにより、租税として上納されるようになりました。江戸前期に黄八丈を手にすることができたのは、将軍家や大名・御殿女中・豪商などの一部の人々に限られていたそうです。

江戸後期には、庶民の手にも入るようになり、粋な着物として親しまれ広く普及していきました。また、歌舞伎の衣裳に用いられたことで、黄八丈の人気が急激に高まったと言われています。

現在、生産量はわずかです。

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村山大島紬(むらやまおおしまつむぎ)

東京都武蔵村山市で生産されている絹織物。地色は青みがかった灰色で、藍や独特の赤を用いたモダンなデザインが特徴です。

村山地方では、元禄年間(1688年~1703年)頃に縞模様の木綿織物が生産されるようになり、その後、さらに技術が発達していき、文化年間(1804年~1817年)頃には「村山紺絣」と呼ばれる藍染の綿織物が織られるようになったそうです。

この「村山紺絣」と、慶長年間(1596年~1615年)に開拓された砂川村で自家用として織られていた「砂川太織」が村山大島紬の前身と言われています。

そして、1920年頃に群馬県の伊勢崎地方から板締染色の技術が伝えられたのをきっかけに、村山大島紬の生産が始まり、綿織物の産地から絹織物の産地へと変化していきました。

ちなみに、『大島』という名称がついていますが、大島紬をまねて作られたのではなく、異なる技法が使われています。大島紬が本絹糸を用いるようになって流通するようになった際、それに類似したものとして大島の名が使われ広まっていったそうです。

現在、生産量は少なくなっています。

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多摩織(たまおり)

東京都八王子市、あきる野市で生産されている絹織物。「御召織」「風通織」「紬織」「綟り織」「変り綴織」の5つの織物の総称です。

■御召織(おめしおり)
表面を覆う細かいシボが特徴の織物。

■風通織(ふうつうおり)
織地が二枚重ねになって模様を表現する織物。

■紬織(つむぎおり)
微妙な凹凸から生まれる風合が特徴の織物。

■綟り織(もじりおり)
経糸どうしが搦みながら緯糸と組んで、糸と糸の間に隙間のある織物。

■変り綴織(かわりつづれおり)
綴織とも呼ばれる朱子織の変化した織物。

この地域は、桑の都とも呼ばれるほど古くから養蚕が盛んで、平安時代には絹織物が織られていたという記録が残っているそう。室町後期に、北条氏により、産業として奨励されたことで産地としての基盤が確立したと言われています。

職人たちは、各地の織物技術を積極的に学ぶことで、様々な織物が織られるようになり、独自の織物を発展させていきました。特に明治時代以降は、文明開化によって急速に技術が向上。

しかし、生活様式の洋装化による着物の需要の低下などの影響で、昭和中頃から生産量が次第に減少していきました。

現在、伝統の技術を応用した新製品の開発が積極的に行われています。

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長板中形(ながいたちゅうがた)

「長板本染中形」や「江戸中形」とも呼ばれています。

江戸中頃に生まれた染色技術で、主に浴衣に用いられます。明治末頃に「注染中形」が普及したことにより、次第に衰退しましたが、現在も技術は受け継がれています。

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東京で納得して着物を売る方法

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