沖縄の着物買取。琉球紅型や芭蕉布など着物売るならおすすめはココ!

沖縄県の着物買取情報ページです。

このページで記載している沖縄の着物買取情報は以下になります。

沖縄県にお住まいの方で着物を売りたい、もしくは沖縄が産地の着物を売りたいとお考えの方の参考になればと思います。

沖縄のおすすめ着物買取店

沖縄県で着物を売るならおすすめの着物買取店はココ

上の公式サイトをチェックする前に、おすすめ着物買取店の口コミでの評判やサービス内容を徹底的に知っておきたい!って方は、こちらの記事をご一読ください。

沖縄の買取対応エリア

[市]
那覇市、宜野湾市、石垣市、浦添市、名護市、糸満市、沖縄市、豊見城市、うるま市、宮古島市、南城市

[国頭郡]
国頭村、大宜味村、東村、今帰仁村、本部町、恩納村、宜野座村、金武町、伊江村

[中頭郡]
読谷村、嘉手納町、北谷町、北中城村、中城村、西原町

[島尻郡]
与那原町、南風原町、渡嘉敷村、座間味村、粟国村、渡名喜村、南大東村、北大東村、伊平屋村、伊是名村、久米島町、八重瀬町

[宮古郡]
多良間村

[八重山郡]
竹富町

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沖縄の着物買取

琉球紅型(りゅうきゅうびんがた)

沖縄県で生産されている型染の染物。文様は日本や中国の風物などが数多く取り入れられ、柄ゆきや華麗な色彩は南国特有のもの。また、藍一色で染めたものは「琉球藍型」と呼ばれています。

琉球紅型の起源は、はっきりとした記録がありませんが、14~15世紀頃の琉球王国は日本本土や中国・東南アジアなどと盛んに交易が行われていたので、その頃に様々な染色品の影響を受けながら、沖縄の気候風土にあった独自の技法を持つ琉球紅型が生まれたと言われています。

王族や貴族など、身分が高い人々の衣装や儀式や礼祭などに用いられる特別なものとして利用されており、身分に応じて色合いや模様の大きさが区別されていたそうです。

18世紀には現在と同じ工程が確立されていたことが文献から明らかになっており、琉球王国の保護のもと、技術が高められ発達していきました。

その後、1871年の廃藩置県、そして琉球王国の解体、第二次世界大戦などで衰退しましたが、戦後に城間栄喜らの尽力により復興。

とはいえ、昔の琉球紅型の中には現在も染色技法がわかっていないものもあるそうです。現在、那覇市首里を中心に生産が続けられています。

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芭蕉布(ばしょうふ)

沖縄県に自生している糸芭蕉の繊維から採った糸で織った織物。軽く張りがあり、通気性が良いのが特徴的です。

起源については諸説ありますが、13世紀頃にはすでに織られていたと言われており、奄美大島から与那国島まで至るところで織られ、海外にも輸出されていたそうです。

江戸時代には、日本本土にも芭蕉布が流通していました。

「首里芭蕉布」や「今帰仁芭蕉布」など、それぞれの地域で特色のある芭蕉布が織られていましたが、昭和時代に入ると、特に「喜如嘉の芭蕉布」は品質・生産量ともに著しく向上し、村の品評会では他のものとは分けて審査されるほどだったそうです。

現在、大宜味村喜如嘉を中心に生産されています。

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琉球絣(りゅうきゅうかすり)

沖縄県の南風原地区を中心に織られている絣織物。生活道具や動物、自然などを図案化した模様が特徴的です。

1612年頃、琉球の五偉人の一人である儀間真常が、薩摩から木綿の種子と木綿技術を導入したことで、盛んに織られるようになったと言われています。

そして、薩摩藩により「薩摩絣」として販売され全国に流通していきました。

なお、琉球絣はもともと沖縄で生産される絣織物の総称だったので、「宮古上布の紺絣」や「八重山上布の白絣」「久米島紬」「芭蕉布」なども、まとめて琉球絣と呼ばれていたそうです。

現在では、主に南風原地区を中心に生産されている絣織物のことを指し、かつては木綿の紺絣が主でしたが、ほとんどが絹織物になり、色も多彩になっています。

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首里織(しゅりおり)

沖縄が琉球王国であった時代の首里で織られていた織物の総称です。

首里では、「首里絣」「首里花織」「首里道屯織」「首里花倉織」「首里ミンサー」など、様々な個性を持つ織物が生み出されていました。

その中でも首里花倉織と首里道屯織には、首里でしか織られていなかった技法が使われているそうです。また、首里花倉織は沖縄の織物の中で最も格式の高い織物と言われており、王家の妃や王女が夏の着物として着用されていました。

高度な技法と沖縄独自の発展を遂げてきた首里織ですが、廃藩置県やその後の第二次世界大戦による影響で、一時消滅の危機に…。

しかし、昭和末頃から活発な復興が図られており、現在では後継者も育成され、首里の伝統的な技法も若い人々に受け継がれています。

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読谷山花織(よみたんざんはなおり)

沖縄本島にある読谷村で生産されている花織の紬織物。上で紹介した「首里花織」に対して、色や柄、そして技法にも南方色が強く見られるのが特徴的です。

首里の上流階級や士族、読谷の人々だけしか着用が許されなかったそうで、琉球王国の保護を受け発展していきました。

1609年に琉球王国が薩摩藩の侵攻を受け服属し、貢納布として納めるようになったことで、より高度な織柄が求められるようになり、さらに技術が向上していったと言われています。

明治中頃、需要が減ったことで次第に衰退し生産が途絶えましたが、1964年に織物の技術者たちにより復興されました。

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久米島紬(くめじまつむぎ)

沖縄県久米島で生産されている紬です。沖縄特有の絣模様や、泥染による黒褐色が有名。

沖縄県の三山時代(1322年頃~1429年)に、堂之比屋という人が中国に渡って技術を学び、帰国後、絹織物を織り始めたのが始まりと言われています。

江戸時代、薩摩藩に貢納布として納めるようになった紬を改良するため、1619年に尚豊王の命令により、越前国から坂元普基が来島し養蚕や真綿の製法が新たに伝えられ、その後、薩摩より友寄景友が来島し染色技法を伝えたことにより、飛躍的な進化を遂げたそうです。

久米島紬は、日本本土では「琉球紬」として流通するようになりました。

現在、久米島紬振興のために様々な活動が行われています。1992年には島に「久米島紬の里ユイマール館」が建てられました。

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与那国織(よなぐにおり)

沖縄県の与那国島で生産されている織物の総称。

格子縞の中に小さな花模様を表現した「絹の与那国花織」がよく着物に用いられますが、他にも「ドゥタティ」「シダティ」「カガンヌブー」などがあります。

ちなみに、ドゥタティは苧麻から績んだ糸や綿で織られている着物、シダティは手拭いの一種、カガンヌブーは沖縄の他の地域ではミンサーと呼ばれる細帯です。

貢物や自家用として織られていた程度と言われており、その後、第二次世界大戦の影響で生産が途絶えたそうですが、1965年頃に復興され、本格的な産業へと発展していきました。

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八重山上布(やえやまじょうふ)

沖縄県の八重山諸島の石垣島などで生産されている麻織物の総称。

八重山上布も、江戸時代に貢納布として薩摩藩へを納めるようになった織物の1つです。人頭税は大変重い負担になりましたが、厳しく監視されたことにより技術が向上し、精巧な織物が完成していったと言われています。

そして薩摩藩により「薩摩上布」として、江戸などに送られ全国に流通していきました。なお、当時、薩摩上布と呼ばれていたものは、この「八重山上布」と「宮古上布」だったそうです。

1903年に貢納布制度が廃止されると、産業として盛んになり大きく発展していきました。その後、第二次世界大戦の影響により生産が途絶えましたが、戦後、復興。

現在、伝統技術の保護活動などが活発に行われています。

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八重山交布(やえやまぐんぼう)

沖縄県の八重山諸島で生産されている織物。経糸は綿糸で、緯糸は苧麻あるいは芭蕉、絹などの素材が用いられています。

織技法や模様は八重山上布と変わりはありません。

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ミンサー織(みんさーおり)

沖縄県の各地で生産されている綿織物。

竹富島周辺で織られる「八重山ミンサー」が代表的で、畝のある厚手な地風と、市松状に配した四つ玉・五つ玉の絣柄と縞の組み合わせが特徴です。

ミンサーという言葉の由来は、綿で織られた幅が狭い帯(綿狭)からきたと言われています。

市松状に配した四つ玉・五つ玉の絣柄は、「いつ(五)の世(四)までも変わらぬ愛を誓う」という意味があり、男性に求婚された女性が、返事代わりに幅の狭い織物を自分で織り、贈っていたそうです。また、ムカデの足のような柄には「足しげくおいでください」という意味があります。

主に男性用の帯に使われていましたが、現在、女性用の帯のほかにも財布や名刺入れなど様々な製品が作られています。

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宮古上布(みやこじょうふ)

沖縄県の宮古島で生産されている麻織物。ロウを引いたような独特の光沢感と、軽く薄い地風、精緻な絣柄などが特徴です。

由来は、1583年に進貢船を難破から救った男へ褒美として琉球王より特別な役職が任命。男の妻である稲石刀自が、そのことを喜び、感謝の気持ちをこめて麻織物を貢上したそうで、この麻織物と同じ技術で生産された織物は宮古上布と呼ばれるようになったと言われています。

その後、江戸時代には貢納布として薩摩藩に宮古上布を納めるようになり、八重山上布と共に「薩摩上布」として江戸などに送られ全国に流通していきました。

第二次世界大戦などの影響で次第に衰退していきましたが、最盛期には日本の麻織物の最優秀品として様々な栄誉を受けています。

現在、宮古島市体験工芸村で宮古上布を織る体験ができます。

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宮古織(みやこおり)

沖縄県の宮古島で生産されている織物。

経糸に木綿・緯糸に麻(ラミー)を使っているのが特徴です。

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