群馬の着物買取。桐生織や伊勢崎織など着物売るならおすすめはココ!

群馬県の着物買取情報ページです。

このページで記載している群馬の着物買取情報は以下になります。

群馬県にお住まいの方で着物を売りたい、もしくは群馬が産地の着物を売りたいとお考えの方の参考になればと思います。

群馬のおすすめ着物買取店

群馬県で着物を売るならおすすめの着物買取店はココ

上の公式サイトをチェックする前に、おすすめ着物買取店の口コミでの評判やサービス内容を徹底的に知っておきたい!って方は、こちらの記事をご一読ください。

群馬の買取対応エリア

[市]
前橋市、伊勢崎市、渋川市、高崎市、藤岡市、富岡市、安中市、沼田市、桐生市、太田市、館林市、みどり市

[北群馬郡]
榛東村、吉岡町

[佐波郡]
玉村町

[多野郡]
上野村、神流町

[甘楽郡]
下仁田町、南牧村、甘楽町

[吾妻郡]
中之条町、長野原町、嬬恋村、草津町、高山村、東吾妻町

[利根郡]
片品村、川場村、昭和村、みなかみ町

[邑楽郡]
板倉町、明和町、千代田町、大泉町、邑楽町

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群馬の着物買取

桐生織(きりゅうおり)

群馬県桐生市などで生産されている絹織物。桐生市は京都の西陣と並ぶ歴史が古い織物の町で、「西の西陣・東の桐生」と言われるほどです。

桐生織の発祥については白滝姫伝説という伝承が残されています。

桓武天皇(737年~806年)の時代、現在の群馬県にあたる上野国から1人の男が京都に宮仕えに出されました。男は、宮中の白滝姫に恋をしました。かなわぬ恋だと思っていましたが、天皇の前で見事な和歌を詠むことで、白滝姫を連れて帰ることを認めてもらいました。そして、桐生に移り住んだ白滝姫は、絹織物の技術を桐生の人々に伝え、桐生織が始まった…というのがその伝承です。

現在でも、桐生市には白滝神社があり、白滝姫が祀られています。

桐生織は、かつては「仁田山紬」と呼ばれていました。鎌倉時代末の新田義貞の旗揚げや、1600年の関ヶ原の合戦で、徳川家康が桐生の白絹の旗を用いたことなどから、桐生の名が全国に広まったと言われています。

そして、江戸中期の元文年間(1736年~1740年)に、京都・西陣の織工によって高機が持ち込まれたことで、金襴緞子や糸錦のような高級織物が桐生で織られ始めるようになったそうです。

1872年頃に導入された西洋式の染織法や、1877年頃に導入されたジャガード機による紋織の製織など、時代の変化に伴い技術も進み続け、桐生織の名はさらに高まっていきました。

現在、需要の減退とともに生産量は減少し、苦境に立たされていますが、着物以外にも、ハンカチやネクタイ・テーブルクロスなど、さまざまな製品が生産されており、先端科学技術を導入した新製品の開発も行われています。

また、伝統工芸士により桐生織伝統工芸士会が結成されており、技術の向上や後継者の研修指導・会員の交流研修などが行なわれています。

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伊勢崎織(いせさきおり)

群馬県の伊勢崎地方で生産されている太織・紬・縞物などの絹織物の総称。伊勢崎絣が有名です。

享保年間(1716年~1735年)頃に、自家用として織られていた太織の商品化が進み、その太織が伊勢崎の織物として人気を博したことで、全国に知られるようになったと言われています。

明治中頃には、伊勢崎銘仙と呼ばれるようになり、また、技術の改良も進み、現在の伊勢崎絣へ伝えられる様々な絣の技術が産み出されたそうです。

現在、後継者不足などの問題がありますが、伊勢崎絣として伝統技法が受け継がれています。

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中野絣(なかのがすり)

群馬県邑楽郡や館林市で生産されていた織物。木綿の白絣として有名で、かつては「西の大和絣・東の中野絣」と称されるほどだったそうです。

安政年間(1854年~1859年)頃に織られるようになった絣織物が、中野絣の始まりと言われています。そして明治末頃、白絣が織られるようになり、全国的に有名になっていきました。

その後、第二次世界大戦中に、綿の統制が極めて厳しくなったことや、戦後の生活様式の洋装化などの影響で急速に衰退し、昭和末頃に途絶えました。

現在、中野絣の伝統を残そうと保存会が発足し活動を行っています。

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