福岡の着物買取。博多織や久留米絣など着物売るならおすすめはココ!

福岡県の着物買取情報ページです。

このページで記載している福岡の着物買取情報は以下になります。

福岡県にお住まいの方で着物を売りたい、もしくは福岡が産地の着物を売りたいとお考えの方の参考になればと思います。

福岡のおすすめ着物買取店

福岡県で着物を売るならおすすめの着物買取店はココ

上の公式サイトをチェックする前に、おすすめ着物買取店の口コミでの評判やサービス内容を徹底的に知っておきたい!って方は、こちらの記事をご一読ください。

福岡の買取対応エリア

[市]
北九州市、福岡市、大牟田市、久留米市、直方市、飯塚市、田川市、柳川市、八女市、筑後市、大川市、行橋市、豊前市、中間市、小郡市、筑紫野市、春日市、大野城市、宗像市、太宰府市、那珂川市、古賀市、福津市、うきは市、宮若市、嘉麻市、朝倉市、みやま市、糸島市

[糟屋郡]
宇美町、篠栗町、志免町、須惠町、新宮町、久山町、粕屋町

[遠賀郡]
芦屋町、水巻町、岡垣町、遠賀町

[鞍手郡]
小竹町、鞍手町

[嘉穂郡]
桂川町

[朝倉郡]
筑前町、東峰村

[三井郡]
大刀洗町

[三潴郡]
大木町

[八女郡]
広川町

[田川郡]
香春町、添田町、糸田町、川崎町、大任町、赤村、福智町

[京都郡]
苅田町、みやこ町

[築上郡]
吉富町、上毛町、築上町

関連 着物売るならハナハナハナ!バイセル着物買取の口コミ評判,特徴まとめ

福岡の着物買取

博多織(はかたおり)

福岡県福岡市の博多を中心に生産されている織物の総称。特に有名なものは、独鈷模様と横畝の現れた堅い織り味が特徴の「献上博多」です。

江戸時代に、筑前福岡藩の初代藩主である黒田長政が、「独鈷と華皿文様」の博多織を毎年幕府に献上したことから、それが「献上博多」や「献上柄」と呼ばれるようになりました。

筑前福岡藩は、献上品の品質保持のために織屋株制度を敷いて、織元を12戸に限定したため、江戸時代を通して品質を維持することに成功しましたが、その反面、西陣織などのように産業として大きく発展しなかったともいわれています。

その後、明治時代に織屋株制度が廃止され自由競争になったことで業者が増え、また、品質低下を防止するため、1880年に現在の博多織工業組合にあたる博多織会社が設立。

1885年には、ジャカード機やドビー機が導入されたことにより本格的な機械織生産が始まり、第二次世界大戦後に生産量が過去最高になりました。

現在、後継者不足が進んでいますが、2006年4月に博多織の発展と次世代職人の育成を目的としたNPO法人「博多織技能開発養成学校」が設立され、積極的に後継者の育成が図られています。

ちなみに、福岡市の地下鉄「博多駅」のシンボルマークには献上柄が使われています。

博多織の着物買取ならおすすめはココ

久留米絣(くるめがすり)

福岡県久留米市周辺で生産されている木綿絣で、愛媛の「伊予絣」、広島の「備後絣」とともに日本三大絣の一つとされています。素朴な木綿の風合いと深い藍色、明快な絣模様が特徴。

1800年頃に井上伝という12~13歳の少女が考案した織物と言われており、その後、久留米藩により、産業としての奨励され、日本全国に普及していったそうです。

最盛期である昭和初期頃には、200万反以上もの久留米絣が生産されていました。

現在、生産量は少なくなっていますが、久留米絣を用いた洋服など、新製品の開発が活発です。

久留米絣の着物買取ならおすすめはココ

小倉織(こくらおり)

福岡県北九州市で織られている縦縞模様が特徴的な木綿織物。「小倉木綿」とも呼ばれています。

起源ははっきりしませんが、江戸初期には小倉織が存在していたと言われており、徳川家康が小倉織の羽織を着用したという記録も残っているそうです。

嘉永年間(1848年~1854年)頃の小倉織の最盛期には、全国に流通するほどでしたが、その後、小倉藩の産業政策の失敗により生産体制を混乱させたことや、長州藩との戦いで職人が離散したことなどの影響で次第に衰退。

明治時代になると一時回復の兆しが見えましたが、社会の変化に対応できず昭和初期に完全に途絶えてしまいました。

しかし1984年、染織家である築城則子が苦労の末に復元に成功。そして現在に至ります。

小倉織の着物買取ならおすすめはココ

関連 全国各地の着物の産地一覧
関連 着物買取おすすめランキング