新潟県十日町市で生産されている夏用の絹縮です。セミの羽に例えられるほど薄地で張りのある布地で、清涼感のある肌触りが特徴です。矢絣などの絣柄や縞柄がよく見られます。

文政年間(1818年~1829年)に、宮本茂十郎によって確立された絹縮や十日町透綾と呼ばれていた技法が起源だといわれています。そして、19世紀末頃、京都の西陣より伝わった明石縮の技術を絹縮や十日町透綾と呼ばれていた技法に応用し、十日町明石縮が織られるようになったそうです。

明石縮は、寛文年間(1661年~1672年)に、現在の兵庫県明石市周辺のあたる明石藩の藩士だった堀次郎将俊が始めたといわれています。透綾縮緬と呼ばれていましたが、明治中頃から、明石縮と命名され、夏の着物として人気を博しました。

現在、生産数は少なく、貴重品になりつつあります。