京都府の丹後地方で生産されている絹織物です。生地全面に細かい凸凹状のシボがでている織物です。シボがあることにより、シワがよりにくく、しなやかな風合いに優れていることが特徴です。

浜縮緬とともに縮緬の二大産地といわれています。

この地域は古くからの養蚕の地で、織物の歴史も古く、古墳から絹織物が出てきたり、奈良時代の文献には織物が織られていたという記述も残っているそうです。

丹後縮緬は、江戸時代の享保年間(1716年~1735年)に、西陣より縮緬織の技術を導入し、織り始められたといわれています。現在の京都府北部にあたる丹後国に存在していた峰山藩による保護政策などもあって、縮緬織が広まっていきました。

1730年の西陣焼けと呼ばれている火事で、西陣で絹織物が品不足になったことにより、丹後に注文が殺到し、縮緬の産地としての基盤ができたといわれています。

その後、生産量が増加していき、大正時代頃に力織機が導入されことにより、産地規模も拡大し、また、時代に合った新商品を開発しながら、発展していきました。

現在、着物の需要の低下などの問題がありますが、洋服地や小物、インテリア用品などの新商品開発など積極的に行われています。