宮崎県都城市で生産されている木綿絣です。大島紬とほぼ同じ工程で作られており、大島紬と薩摩絣は絹織物と綿織物という違いだけです。

1609年に、現在の鹿児島県全域と宮崎県の南西部にあたる薩摩藩が琉球王国を侵略し、琉球絣を租税として納めさせ、薩摩絣として全国に販売したことからこの名が付きました。元文年間(1736年~1740年)頃に、薩摩藩でも薩摩絣が織られるようになったといわれています。

人気が高く、盛んに織られていましたが、大正初期に姿を消しました。第二次世界大戦後、都城市で、大島紬の技法を用いた新しい薩摩絣が誕生し、再び織り出されるようになりました。

薩摩絣は日本の綿織物の中で最高のものといわれています。