岡山県津山市で生産されていた絣です。小鼓、小扇などの素朴な絣模様が特徴的です。

はっきりとした年代は不明ですが、この地域では、古くから絹織物が織られていたといわれています。江戸時代に、綿が栽培されるようになると、自家用の木綿織物が織られるようになりました。

明治時代に入ると、倉吉絣の技法をもとに絵絣の生産が始められ、絣の織物が盛んになったといわれています。あくまでも自家用であって、販売が目的ではなかったため、相当量生産されながら数量ははっきりわかっていません。

時代の流れの中、次第に交通の便が良くなり、他の地方から様々な衣料が入ってくるようになった為、自家生産の必要が無くなり、絣の織物は生産されなくなってしまいました。

その後、1951年に絣の織物が復興され、市場に出すために「作州絣」という名称が付けられました。

1955年頃の最盛期には、年間5万反に及ぶほど生産されていましたが、競争が激しくなるにつれて衰退していき、さらに着物の需要の低下も追い打ちとなりました。

現在、継承者がおらず、生産が途絶えていますが、復元を目指す活動が行われています。