群馬県邑楽郡や館林市で生産されていた織物です。木綿の白絣として有名で、かつては「西の大和絣、東の中野絣」と称されるほどだったといわれています。

織物の歴史は古く、鎌倉時代には、鶉織と呼ばれる木綿織物が織られていたそうです。

安政年間(1854年~1859年)頃に、絣織物が織られるようになり、これが中野絣の始まりといわれています。そして、明治末頃には、白絣が織られるようになり、全国的に有名になっていきました。

その後、第二次世界大戦中に、綿の統制が極めて厳しくなったことや、戦後の生活様式の洋装化などの影響で急速に衰退し、昭和末頃に途絶えました。

現在、中野絣の伝統を残そうと保存会が発足し活動を行っています。