沖縄県久米島で生産されている紬です。沖縄特有の絣模様や、泥染による黒褐色が有名です。

沖縄県の三山時代(1322年頃~1429年)に、堂之比屋という人が中国に渡り養蚕の技術を学び、帰国後それを導入し、絹織物を織り始めたのが始まりといわれています。

1609年に、琉球王国が現在の鹿児島県全域と宮崎県の南西部にあたる薩摩藩の侵攻を受け服属し、久米島紬を貢納布として納めるようになりました。貢納布制度は1903年に廃止されるまで続けられていました。

紬を改良するため1619年に、尚豊王の命令により、越前国から坂元普基が来島し、養蚕や真綿の製法が新たに伝えられ、その後、薩摩より友寄景友が来島し、染色技法を伝えたことにより、飛躍的な進化を遂げたといわれています。

久米島紬は、日本本土では琉球紬として流通するようになりました。

現在、着物の需要の低下や後継者不足などの問題もありますが、久米島紬振興のためにさまざま活動が行われています。1992年には、島に「久米島紬の里ユイマール館」が建てられました。