福岡県福岡市の博多を中心に生産されている織物の総称です。特に有名なものは、独鈷模様と、横畝の現れた堅い織り味が特徴である献上博多です。献上のほかにも縞や紋織の帯、夏用には、地が紗の紗献上の帯もあります。

博多商人の満田弥三右衛門が宋の時代の中国に渡り、1241年に帰国したときに、持ち帰った織物技術が博多織の始まりだといわれています。

そして16世紀頃に、満田弥三右衛門の子孫である満田彦三郎が技法を研究し、より厚手で緻密な織物を開発し、その織物は帯としてよく用いられていました。

江戸時代に、現在の福岡県西部にあたる筑前福岡藩の初代藩主である黒田長政が、博多織を毎年幕府に献上したことから「献上博多」と呼ばれるようになりました。それまで献上柄は「独鈷と華皿文様」という文様名でした。

ちなみに、福岡市地下鉄博多駅のシンボルマークに献上柄が使われています。

筑前福岡藩は献上品の品質保持のために織屋株制度を敷いて12戸に限定したため、江戸時代を通して品質を維持することができましたが、その反面、西陣織などのように産業として大きく発展しなかったともいわれています。

明治時代に織屋株制度が廃止され自由競争になると業者が増えました。品質低下を防止するため1880年に現在の博多織工業組合にあたる博多織会社が設立されました。1885年にはジャカード機やドビー機が導入され、本格的な機械織生産が始まり、第二次世界大戦後、生産量が過去最高になりました。

現在、需要の低迷や後継者不足が進み、生産量が減少しています。

このような問題に対して、2006年4月に、博多織の発展と次世代職人の育成を目的としたNPO法人「博多織技能開発養成学校」が設立され、後継者の育成が図られています。

また、着物の帯が有名な博多織ですが、ドレス生地やバック、財布、キーホルダー、ネクタイなど普段使える小物やインテリア製品など様々な商品に活用されています。