秋田県で生産されている織物です。八丈島で生産される黄八丈に対して、秋田で生産される黄八丈は、秋田黄八丈と呼ばれています。茶、黄、黒を基調としています。

1789~1804年に、現在の福島県にあたる奥州伊達郡保原より、養蚕や織物技術に秀でた石川瀧右衛門という人が移住してきて、竜門織や秋田平などを生産したことに始まったといわれています。

その後、技術向上のため現在の群馬県にあたる上州桐生より蓼沼甚平という人が招かれました。奥州伊達式のはた道具と織技法、上州桐生の縞織物と色彩が渾然一体となり、秋田独特のハマナスによる染色法が融合して秋田八丈が誕生したといわれています。

秋田県内の海岸地域に多く自生するハマナスの根を染料として用いるのが秋田八丈の独特な茶色(鳶色)の秘密です。鳶八丈のほかに、ヤマツツジやカリヤスなどを染料とした秋田黄八丈や、ハマナスに植物染料を混ぜて黒色にし、それを主としたものもあります。

最盛期は1894年頃で、機業場は27~28軒あり、年間6万反もの織物が織られていましたが、日露戦争後の大不況などの影響により廃業する者が続出し、機業場が次々に閉鎖されていきました。

1929年以降は、滑川機業場ただ1軒となりました。2003年に、1軒続いていた滑川機業場も原料のハマナスが入手困難になってきたことや、需要の落ち込みなどが重なり、機業場を閉じました。秋田八丈は姿を消しました。

しかし、そこから3年の時を経て2006年に滑川機業場の技術者であった奈良田登志子を工場長に、その姉の畠山好子を代表として、ことむ工房を設立し、秋田八丈の復活を果たしました。

現在、秋田八丈はことむ工房のみでしか生産していない織物です。着物のほかにも財布やネクタイなど、様々な商品があります。