福島県の会津地方で生産されている木綿です。厚みがありふっくらとした質感で、一般的な木綿平織物に比べて縮みにくいのが特徴です。

会津地方は古くから綿花の栽培が盛んで、天正年間(1573年~1592年)の頃には、蒲生氏郷の産業振興策により、綿花の栽培が奨励されていました。

1627年に会津へ国替えとなり会津藩の藩主になった加藤嘉明が、前の領地である現在の愛媛県にあたる伊予松山から織師を招いて、技術を広めたのが会津木綿の始まりといわれています。

1643年に会津藩の藩主になった保科正之が、綿花の栽培を奨励したことにより、会津地方での綿花栽培が定着したといわれています。機織りは農民だけでなく藩士の妻女の内職としても行われ、藩の保護政策のもとで次第に発達していきました。

白虎隊や野口英世も会津木綿を着用していたといわれています。

明治中頃、紡糸紡績業が発達し、力織機の普及により大量生産が可能となり、明治末期から大正にかけて、会津木綿の生産は最盛期を迎えました。

昭和30年代半ば以降、人々の生活スタイルが変わるとともに需要が急速に減少していき、生産は縮小していきました。かつて30軒以上あった機業場も、現在わずかとなっています。

会津木綿は、近年は洋服地や着尺地、インテリア用品、趣味の小物、袋物など幅広く利用されています。